2001のNYC回想録:後編
- houseoffunrenovation
- 6 日前
- 読了時間: 3分

お世話になってます
社長の渡邉です
前回のブログをご覧になってくださった方
2001のNYC回想録:後編でございます
夜行電車に乗ってNYCを出発
2001年9月11日
ボストン駅に到着
ニューヨーク〜ボストンは所要時間5h30ほど
早朝に到着したため
近くの公園で仮眠をとった
そして予約してあったユースホステルに向かうため公共機関を利用したのだが
何故だか電車やバスが無料だった
その時すでに街は非常事態になっていたようで
公共機関が無料になっていたようだ
ユースホステルに到着
ボストンではこの旅で一番まともな宿に泊まった
ユースホステルとは格安で泊まれるため世界各国のバッグパッカーたちに御用達の宿である
街中が普通ではない雰囲気は感じてはいたものの状況があまり把握できず
この宿で日本人コミニュティに
大まかな状況を聞く事ができた
しかし、アメリカ人にとっても未曾有の事態
街中、車、人々、どこもかしこも星条旗を掲げていて
移民の国アメリカが妙な団結してるように感じた
ボストンには数日滞在して
いろいろな出来事があるのだが
今回のブログの本題はNYC編なので
割愛しよう
西海岸へ戻る飛行機に乗るためNYCへ戻らなければならないのだが
電車やバス、NYC行きは全てクローズしてた
(いっそボストンに長くいてもいいかなと思ったけど)
1週間くらい滞在したかな
ようやくNYC行きが再開すると聞き
NYC行きのアムトラックに乗った
NYCが近づき車内から遠くを見ると
マンハッタンのビル群の空に暗雲のように煙がある
この記憶は鮮明に覚えてる

まるでタイムボカンのようだった
NYC到着
とりあえず仲間達と合流
Everybody’s fine と言っていた
タイムズスクエアに行った
街中が『missing 』の貼り紙だらけ
テロの前と後で街の雰囲気がガラリと変わっていた
マンハッタンを南下して
ソーホーを過ぎてバリケードがある通りまで着いた
それ以上、現場に近づけないラインだ

(真っ黒で分かりにくいですが真正面からトレーラーが行き来してる写真です)
バリケードから瓦礫を積んだトレーラーが生き来していた
そこは『チャイナストリート』だった
驚いたのは中国人達が商売しているではないか
テロの記念??
Tシャツやマグカップ、その他いろいろあった覚えがある
すげーな、中国人の生きるパワーを思い知らせる

こちらが当時購入したTシャツ
その後、JFK空港に向かい西海岸行きの飛行機乗るのだが
テロ直後なのでチェックが凄かった
私はリュックひとつなので知れてるけど
中身を全部出してチェック
見渡せば大きなトランクを持った人も中身を全て出してチェックされていた
あの出来事から飛行機の機内持ち込みについては規制がかなり厳しくなりましたね
これでNYCの旅の話は終わり
話は最初に戻るが
フィルともあの時の話を振り返った
そしてフィルとの再会がきっかけで旅の記憶を回想できて良かった
同時の記憶を辿りながら
思い出に浸れた良い機会だったし
いまとなっては私の思い出財産ですね
Life is a journey
お付き合いありがとうございました
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